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芸能界におけるハラスメント対策をどのように取り組むか 公認心理師執筆

フリーランスで働く人を保護する「フリーランス法」が11月1日に施行されたことをきっかけに、「劇団を変えるか ハラスメント研修」という記事が、2024年11月4日朝日新聞に掲載されました。
劇団での稽古において演出家や先輩からの厳しい指導は、客観的に見て「良い作品を作るために当然のことである」とされている風潮がありましたが、そのことで役者が体調不良となり倒れる、最悪は自殺するなどということもニュースで明るみになりましたね。特にこの数年においてはそうしたいじめによる自殺が問題になるなど、芸能界におけるハラスメントが再び注目され、社会的な問題として認識されています。

私は、2008年からハラスメント対策研修を実施しており、近年では芸能界からの依頼も増えています。役者としての経験も活かし、芸能界特有の状況に特化した研修を提供しています。今回の記事を踏まえ、芸能界におけるハラスメント対策について、改めて考えてみたいと思います。

ハラスメントになるような指導が良い作品づくりに必要なのか?

答えは「NO」です。
パワーハラスメントになるような指導を行えば、被害者は「みんなに迷惑をかけて申し訳ない…私がだめなんだ」と自分を追い詰めてしまいます。役者を目指したのだから、もう少し頑張ろうと「なにくそ」と自分を奮い立たせて乗り越えようとすることもあります。
確かに、乗り越えて成長する人もいますが、その一方で、心身の不調をきたす人も多いのです。なぜなら、役者も人間だからです。気持ちでは打ち勝とうとしても、身体がついていかないのです。
また、人間は責められると前頭葉の機能が低下し、「集中力」「判断力」「情動コントロール」などが弱まります。その結果、舞台上でけがをしたり、セリフを忘れたりすることが起こりかねませんし、役になりきることも難しくなります。さらに、筋肉が緊張することで動きが硬くなり、演技において感情を十分に表現することが困難になるのです。

ハラスメントになるような指導は周囲へも悪影響を及ぼす

被害者だけでなく、こうした指導は周囲にも悪影響を及ぼします。
劣悪な環境に置かれると、人間はストレスを感じます。また、自己防衛反応が無意識に働き、「自分が責められたくない」と思うため、意見を言えなくなったり、他のメンバーの欠点に目が向き、悪口や噂話をすることで陥れようとすることもあります。
もちろん、そうした環境に置かれても自信がある人は追い詰められにくく、被害者にフォローの言葉をかけることができます。しかし、陰ながらの支援にとどまり、「場」を改善するまでには至らないことが多いです。

意見を言いづらいチームからは、より良い作品は生まれないと考えます。
演出家やベテランの意見に従うだけでも、一定のクオリティには達するかもしれませんが、自由に意見を出し合い、みんなで作り上げることができる環境があれば、より深く心に響く、内面からの感動を与える作品が生まれるはずです。

芸能界で見られるハラスメントとは

ここで、いくつかのハラスメントに該当する可能性のある行動例を挙げます。
大声で怒鳴る:場が騒がしいため大きな声で指導するのはハラスメントではありません。場の状況を考慮せず、必要以上に大きな声で怒鳴ることはハラスメントに該当します。
ねちねちと追いつめる指導をする:「なんでできないの、ねえなんで、いつもダメなの」といった「なぜ」「なぜ」と繰り返し問い詰めるような、精神的な追い込みはハラスメントにあたります
「自分で考えろ」しか言わない、曖昧にしか指導しない:役者ですから自分で考えることは必要ですが、具体的な指導を行わないことは、役者への成長を妨げます。特に、その際に否定的な言葉遣いが伴う場合は、ハラスメントに該当する可能性が高いです。
・人格否定: 「役者失格」「才能ないね」「ばかか・あほう」「使えない」など、個人を否定する言葉は、相手に深い傷を与える可能性があります。
・無視: 挨拶を無視したり、特定の個人を仲間外しにする行為は、相手に孤立感を与え、精神的な苦痛を与える可能性があります。
・悪口・噂話: 当人のいないところで悪口や噂話をすることは、名誉毀損に繋がり、職場環境を悪化させます。
・公開の場で叱責: 大勢の前で、個人のミスを過度に強調して、みせしめとして叱ることは、当人の尊厳を傷つけます。グループラインでの叱責も同様です。
いじる、からかう行為: 相手の気持ちを考えずに、からかうような言動は、相手に不快感を与えます。
・ 必要以上の厳しい言葉遣い: 役者に限らず、美容師、小道具、カメラマンなどすべてに見受けられますが、後輩に対して、理由もなくきつい言葉をかけることは職場環境を悪化させます。
・遅くまで「できるまで」と練習や仕事をさせる:過大な要求はハラスメントであり、法的にも問題があります。芸能人は個人事業主が多く、労働者として保護されにくいですが、無理な業務量を課すことは避けるべきです。
・不必要なボディタッチ: 相手の同意なく、身体に触れることは、セクシュアルハラスメントに該当する可能性があります。
・セクシュアルな発言: 「セクシーだね」という外見に関する品定め、「遊んでるでしょう」「彼氏いるの、彼女いるの」「この中で好みの人いる」等プライベートな質問、その他下ネタはセクシュアルハラスメントに該当します。過去にはグラビアアイドルに対して卑猥な発言をして申し立てられたスタッフもいました。

芸能界におけるハラスメント対策強化の法的な基盤となるフリーランス法

2024年11月1日に、「特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律」(通称:フリーランス法)が施行されました。
芸能界では多くの方がフリーランスとして働いており、これまで過酷な勤務状態が放置され、労働基準法などの保護を受けにくいという課題がありました。
この法律は、企業など発注事業者に対し、フリーランスへの報酬の支払期日や取引条件の明示を義務付け、フリーランスが安心して働ける環境を整備することを目的としています。これにより、フリーランスの労働環境が改善され、より安定した働き方が実現できるようになることが期待されます。

フリーランス法の主な内容

報酬の支払期日の明確化: 発注業者は、原則として、仕事が完了してから30日以内に報酬を支払うことが義務付けられました。
取引条件の書面化: 報酬額、支払時期、業務内容など、取引に関する重要な事項を具体的に記載した書面を、発注事業者はフリーランスに事前に交付することが義務付けられました。
ハラスメントの禁止: フリーランスに対するパワハラやセクハラなどのハラスメント行為を行ってはならないことが義務付けられました。
募集情報の正確な表示: フリーランスの募集を行う際には、発注事業者は、募集内容(業務内容、報酬など)を正確に表示することが義務付けられました。

芸能界におけるハラスメント対策の進め方

では、芸能界にてどのようにハラスメント対策を進めればよいかをご説明します。
芸能界は、特有の環境やパワーバランスにより、ハラスメントが発生しやすい土壌と言えるでしょう。多様な人材が関わり、長時間労働や精神的なプレッシャーが伴うことも、ハラスメントを助長する要因となります。このような状況を改善するためには、多角的なアプローチが必要となります。
以下に、具体的な対策方法をいくつかご紹介します。弊社でも体制整備に向けた助言や研修開催、外部相談窓口契約、内部相談員育成をしております。

体制の整備

ハラスメントに関する規範の策定: ハラスメントの定義を明確化し、倫理規範を策定し、ハラスメント防止に向けた取り組みを具体化する。懲戒処分についても含めて就業規則や契約書に明記する。

相談窓口の設置義務化: 芸能事務所や制作会社に、相談窓口の設置を義務付け、被害者が安心して相談できる環境を整える。

ハラスメント防止に対する周知:関係者に対してリーフレットを配布し、研修会を開催して周知を図る。

第3者機関の設置

外部専門家による調査: ハラスメントが発生した場合、外部の専門家による客観的な調査を実施し、事実関係を明らかにする。

再発防止策の提言: 調査結果に基づき、再発防止策を策定し、具体的な対策を講じる。

行為者への個人研修:講師との1対1のセッションにより再発防止を図る。正しい指導法や関わり方を身に着ける。

被害者へのカウンセリング:被害を受けてしまい自信を取り戻せない、心の傷を修復したいなど、希望に応じたカウンセリングを行う。

パワーバランスの改善

契約内容の見直し: 契約内容を精査し、当事者間のパワーバランスの均衡を図るため、契約条項の見直しを行う。

複数の窓口設置: 相談窓口を複数設置し、被害者が安心して相談できる環境を整える。

芸能界に特化したハラスメント対策研修

弊社では、講師の柳原里枝子が芸能界で働くプロ意識の高い役者や歌手、技術者向けに研修を行っております。
柳原自身も役者であり、また母親が長年芸能界でヘアーデザイナーとして多くの女優や歌手と関わってきたため、子どものころから撮影現場に同行してきました。そのため、皆様の作品に対する熱い思いや競争の厳しさなどを理解した上で、ハラスメント対策のプロとして分かりやすく解説しております。
これまでにも、いくつかの芸能スクールや劇団にて相談対応や研修を実施してきました。

今回の新聞記事にも掲載されていますが、劇団四季様においては、株式会社キャリアライズ様からのお声掛けにより、約6年前から役者の皆様に対してハラスメントを防止するためのチーム作りについて研修を実施しております。役者の皆様は非常に熱心に意見交換や質問を行い、前向きな課題解決方法や指導法について学ばれております。

研修の内容は、研修時間や対象者、初めての研修かどうかなどの条件に応じてオリジナルの資料を提案しておりますので、お気軽にお声掛けください。

多くの組織では、昨今の状況において「なんでもハラスメントと言われる」ため、「指導ができない・叱れない」という悩みを抱える指導者や上司が増えています。
弊社の研修では、ハラスメントの定義を明確にし、誤解を解くことで、指導者や上司の不安を解消します。
また、参加者が指導される側の場合には、自身も加害者になる可能性があること、被害者にならないための知識やコミュニケーション、なんでもパワハラと捉えない考え方等を学びます。

芸能界で活躍する方々が、心の病に陥ることなく、才能を最大限に発揮できるよう、支援してまいります。

※加害者とは言われていないが、個人的にハラスメントを起こさないための指導法を学びたい方には「自己変革コーチング」をお勧めします。仕事に見合った内容で、ハラスメントにならない指導法やメンバーとの関わりにおける困難な状況への対処法をアドバイスします。