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パワハラが起きない職場環境に関する研究(公認心理師&経営学修士執筆)

ここでは、柳原が経営学を学ぶ中で2022年に行った事例分析(ケーススタディー)を一部をピックアップしてご報告いたします。
厚生労働省主催のハラスメント対策シンポジュウムにパネラーとして参加した際に、中央大学ビジネススクールの
佐藤 博樹教授(現 東京大学名誉教授)の基調講演をお聞きして「是非この先生のもとで学びたい」と思い入学しました。そして、経営学を学ぶ中で下記についての事例分析をしました。

パワーハラスメントが発生しやすい業務であっても、パワハラが起きない職場環境に関する研究~上司からの承認による影響~

パワーハラスメントに関する今回の研究目的

部下からパワーハラスメントと言われないために、管理者が部下指導に関して躊躇する状況が散見される。この状況が改善されないと、管理者が部下育成をできず、従業員の能力向上が停滞しその結果、企業として生産性や顧客満足の低下などが引き起こされる可能性が高くなろう。

本稿では、先行研究であげられている「パワーハラスメントが発生しやすい職場」を検証した上で、そのような職場であっても、職場内で上司による部下に対する適切な「承認」行動があれば,上司から部下に対するパワハラや同僚間のパワハラが発生しないのではないかという仮説を検証する。

パワーハラスメントが起きやすい職場(先行調査)

パワーハラスメントが起きやすい職場についてはいくつかの先行研究がある。まずリクルートワークス研究所が実施している全国就業実態パネル調査2020[1]のデーターを分析した茂木(2020)によるとパワーハラスメントが起きやすい職場の特徴として、下記が明らかにされている。

すなわち、「ノルマ達成などプレッシャーのかかる職場」ではそうではない職場に比較して、パワーハラスメントを見聞きした人が9.4%ポイント増える、また「難しい要求をしてくる顧客が多い職場」はそうではない職場に比較して、パワーハラスメントを見聞きした人が10.3%ポイント増える、さらに「人の命や多くの人の利害に関わる職場」はそうではない職場に比較してパワーハラスメントを見聞きした人が5.0%ポイント増える、という結果であった。

 

厚生労働省(2016)が実施した、職場のパワーハラスメントに関する実態調査[2]にて、パワーハラスメントに関する相談があった職場の特徴として指摘された上位5位は、「上司と部下のコミュニケーションが希薄な職場」と回答した企業の比率が45.8%で最も高く、「失敗が許されない職場」が22.0%、「残業が多い/休みが取り難い職場」が21.0%、「正社員や正社員以外など様々な立場の従業員が一緒に働いている職場」が19.5%と続いている。

出所) [厚生労働省2016]より引用。※過去3年間のパワーハラスメントに関する相談が1件以上あった企業

[1] 全国就業実態パネル調査 調査期間 2020年1月9日〜1月 31日 有効回収数 57,284 サンプル
[2] 職場のパワーハラスメントに関する実態調査 調査期間2016年7月25日~10月24日 回収数4,587 件

パワーハラスメントが起きやすい要因(先行研究)

パワーハラスメントを引き起こす要因に関する先行研究をみるとReknesら(2014)は、2時点間の変化を測定した研究で、比較の最初の時点に役割葛藤や曖昧さを感じていると、仕事の到達点がわからないため、周囲から見て満足のいく水準の仕事をしていないと思われることが多く、周囲をイラつかせることになる結果、2年後にパワーハラスメントを受けるリスクが上がることを明らかにしている。

Dussault&Frenette(2015)は、上司が放任型のリーダーシップの場合には部下がパワーハラスメントを感じることと正の関連であることを示した。放任型とは、マネジメント業務をしていない管理者のことで、意思決定を避け、部下と意見を交わさない関係なので、部下は上司から排除されていると感じ、ストレスを増大させて、対人緊張や従業員同士の対立を増やし、部下がパワハラを起こすことになることを指摘した。

日本における研究としては永富(2015)が、職場におけるハラスメント体験を受けたことがあると答えた調査対象群は、受けたことがない調査対象群と比べて、役割葛藤(ストレッサーとして複数の方針や要求がお互いに相いれないために業務の遂行が困難になることによる負担)が有意に高く、深刻なストレス反応を発生させ、仕事への満足度も低く上司の支援機能も低いということを明らかにしている。

玄田(2019)は、パワーハラスメントが起こりやすい職場の特徴を明らかにしており、パワーハラスメントは仕事の中身や範囲が曖昧だと起きやすく、また上司と部下のコミュニケーションが少ない、いつも仕事があふれている職場、失敗が許されない職場、採用や退職、人事異動で人の出入りが多い職場ではパワーハラスメントが発生しやすいとした。

パワハラを引き起こす要因として先行研究が共通して指摘しているのは、上司と部下間の「コミュニケーション不足」である。
具体的には、部下が感じる役割の曖昧さや葛藤、さらに上司が放任型のリーダーシップであり、上司の支援が低いことなどは、すべて指示する側とされる側の対話の少なさに関係している。
上司と部下間のコミュニケーションが少ないと、お互いに相手を理解しづらく誤解も生じやすい。

現場で見た行為者の特徴

筆者はこの2008年から13年間様々な組織にて被害者カウンセリングやパワーハラスメントを起こしたいわゆる行為者への個人研修などを行っている。

パワーハラスメントの行為者は責任感が高く、仕事熱心である者が多いが、部下が抱く価値観や仕事のやり方を許せないと、考えがちになる特徴もある。加えて行為者自身もその上司や役員から過大な要求などのパワーハラスメントを受けており、上司からの要求を満たそうとして、当該管理者が部下に対してパワーハラスメントを行っている事例も多い。

坂本(2020)も、パワーハラスメントの被害者をみると中小企業では課長級が、大企業では係長級に多いということを明らかにしている。また、パワーハラスメントの行為者は、コミュニケーション能力が低く、部下の話を聞かずに一方的な指示や指導をしていることが多い。
パワーハラスメントの行為者に対するインタビューによると、部下たちが成果を出したり、大変な仕事をこなしても「そんなことはあたりまえの事」と考えており、部下への労いや感謝を伝える、ほめるなどの承認をしていない管理者が多い。

                    誰がハラスメントを受けているのか(役職別)

                      出所:[坂本貴志2020]4~10より引用

「承認」とパワーハラスメント

承認に関する先行研究

パワーハラスメント行為者の特徴で説明したように、パワハラを引き起こしている管理者は、日ごろ部下の意識や行動に関して承認をしていない者が多い。承認とは相手の存在を認めることであり、相手が「肯定されている」「尊重されている」「受け入れられている」「認められている」と感じるような言動、態度を示すことで相手の承認欲求を満たすことができる。例えば、関心を向ける、話をよく聴く、反応する、共感する、笑顔で接する、挨拶する、ほめる、労う、感謝する、叱る(期待をこめて)、相談するなどが承認行動である。

Abraham Harold Maslow(1943)は自己実現理論[1]を唱え、人には自分が集団から価値ある存在と認められ、尊重されることを求める承認欲求がある。承認欲求がある程度満たされると人間は自己効力感が高まり、自己実現欲求(モチベーション)も高まるとした。

Harter(2003)によるとギャラップ社が世界各国の様々な業種や企業に雇用された40万人以上の従業員を対象として実施した調査をメタ分析した結果、承認称賛は所属部門の生産性や利益、安全性、顧客ロイヤリティーを高めることが明らかになっている。

中島(2007)は、「承認」とはコーチングで頻回に使われるスキルの一つで、その人がそこにいるということに私は気づいている。というメッセージを伝える行為で、「ほめる」だけではなく「成果や成長を指摘する」、「観察したことをそのまま伝える」、「あいさつをすること」、「名前を呼ぶこと」も承認であるという。[2]

佐野(2016)は、ホテルで働く従業員を対象に、誰からのどのような行為を承認として受け止めるかに関して調査を行い、仕事の結果に対して上司からフィードバックをもらうことや周囲からのねぎらいの言葉かけが最も承認として受け止められているとした。また、上司と納得いくまで話す機会があることは、上司から承認されていると感じていることも明らかにした。

上田(2016)は、上司によるの部下への承認は、「職場肯定」にプラスの影響を 及ぼし、仕事意欲に影響を及ぼすという関係性を明らかにした。この「職場肯定」とは、今の職場のメンバーは、互いに助け合って協力できるあるいはと思う、チームとして課題を解決していくことができると思う、など職場や職場のメンバーへの肯定感を指す因子からなるものであるとしている。

※こちらの小冊子では今回の研究テーマである「承認」+「前向きな課題解決方法である解決志向アプローチ」について学べます。
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部下の上司からの承認に対する期待

筆者は8年ほど前に解決志向という課題解決法に出会った。上司の多くは問題志向で課題解決しようとする傾向があるため、部下に対してもできていない部分に目が向きやすく、「なんでできないのか」と責めやすい。パワーハラスメントの行為者も問題志向であることがほとんどである。部下の足りないところばかりに目が向くと良い部分、資源に気づきづらくなる。

解決志向ではコミュニケーションの土台として承認を重視しており、あたりまえと思わないで相手の資源(少しでもできたこと、少しでも上手くいったことなど)に目を向けるようにトレーニングをする。そして、相手のことを尊重して存在を認めるということを行動として示していくと、部下のモチベーション向上や職場活性化という成果をだすことを何人も見てきた。

先行研究においても上司からの承認により職場肯定が生まれることやモチベーション向上を期待できることが示されている。パワーハラスメントが起きやすい業務であっても、部下たちのモチベーションが高ければ、上司がパワーハラスメントおよびそれに間違えられるような叱責をしなくても、効率的で質の高い仕事ができる。また、上司からの承認により職場肯定が生まれれば、職場において同僚間の対立がなく、協力的に仕事ができることになると想定される。

 現場で聞いた承認の効果

筆者が実施してる解決志向による職場活性化研修(チーム・ウェルビーング研修)参加者に3か月後にインタビューを行った。
管理者が意識して承認を行うと、職場の部下たちもお互いに承認を行うようになっていた。また、モチベーションが上がり能動的な行動をとる者が増えていた。

[1] 自己実現理論とは人間は自己実現に向かって絶えず成長すると仮定し、人間の欲求を5段階の階層で理論化したものである。低次の欲求がある程度満たされると次の階層の欲求が生まれるとしている。低次から順に、生理的欲求、安全の欲求、社会的欲求、承認欲求、自己実現欲求としている。
[2] [中島2007]は・・・承認であるという。の部分[佐野文香2016]

より詳細な内容につきましては、以下のリンクをクリックしてご確認ください。全文をご覧いただけます。
パワハラに関する研究詳細

柳原里枝子

参考・引用文献一覧

・茂木洋之(2020)「パワーハラスメントが起きやすい職場の特徴」『職場のハラスメント意を解析する』Works Report 2020,17~25
・坂本貴志(2020)「ハラスメントのメカニズムを解き明かす」『職場のハラスメント意を解析する』Works Report 2020,4~10
・永冨 陽子(2015)「職場のハラスメントの有無と心理的ストレス諸要因との関連」『大阪経大論集・第66巻第4号』393~398
・玄田有史(2019)「職場の危機としてのパワハラ――なぜ「いじめ」は起きるのか」『危機対応の社会科学 上』東京大学出版会 241~270 
・佐野文香(2016)「承認と労働~労働者の承認構造の検討~」『Chukyo Business Review Vol. 12』131~171
・上田敬(2016)「上司の部下コンプリメントとその影響に関する研究」『経営行動科学 29巻第2・3号』61~75
・厚生労働省(2016)「職場のパワーハラスメントに関する実態調査報告書」(参照日2021/6/20)
・厚生労働省(2020)「職場のハラスメントに関する実態調査報告書」(参照日2021/6/20)
・厚生労働省(2021)「令和2年度個別労働紛争解決制度施行状況」(参照日2021/7/2)
・厚生労働省(2021)「令和2年度過労死等の労災補償状況」(参照日2021/7/2)
・A. H. Maslow (1943) “A Theory of Human Motivation” Originally Published in Psychological Review, 50, 370-396.
・Reknes I(2014)“The prospective relationship between role stressors and new cases of self reported workplace bullying”Scandinavian Journal of Psychology 55 45~52
・Dussault Ⅿ(2015)“Supervisors transformational leadership and bullying in the workplace”Psychological Reports 117 724~733
・Harter J (2003) “Employee Engagement Satisfaction and Business Unit Level Outcomes A Meta Analysis” The Gallup Organization

 

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